


山口県山口市にある曹洞宗 玄済寺となります。 国道435号線から山口市立良城小学校・山口よしき病院に向かっていくと近くにあります。 収蔵品としては、毛利秀包公・2代 毛利元鎮公・雲谷等顔の達磨画があります。 駐車スペースも広く参拝にアクセスしやすい場所になっております。
住所
〒753-0816 山口県山口市吉敷佐畑4丁目9-1
アクセス
HP/SNS
管理番号
000194
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玄済寺境内
吉敷毛利家墓所
毛利秀包公は毛利元就の末子(九男・十一子)で幼名才菊丸、市正、藤四郎。後、兄小早川隆景(元就の三男)の養子となり小早川藤四郎元総と称した。更に豊臣秀吉と輝元(元就長男隆元の子)との講和の後、上坂し豊臣秀吉に仕え、小早川藤四郎秀包と改名した。 その後隆景に猶子として秀吉の甥秀俊(のち小早川秀秋)を迎えたので、隆景は秀包に一家を建てさせ、再び毛利姓に戻した。 秀吉の四国・九州征伐、また朝鮮の役などに従軍して大いに功があり、久留米で十三万石を領し、従四位、侍従、筑後守となった。 慶長五年、大坂より帰国の途中、船中で病を発し、翌六年赤間関(下関市)で没した。 当寺にあるのは供養塔で、本墓は下関市豊北町滝部の西楽寺にある。 ※HP参照しております。
玄済寺境内
